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 「さすがに疲れちゃったからお風呂入って先に寝てるね」

そういうと、彼女は朝から続いた長旅と、その後に続いた諸々の出来事を象徴するかの様に、少しむくんでしまったふくらはぎを摩りながら申し訳なさそうに笑っていました。

 

この冬、私も遂に所帯を持つことになります。その準備で東京と長野を頻繁に行き来する内に、季節の移ろいを味わう余裕も無く暮れて行く2015年の秋。この日は軽井沢の式場での最終打ち合わせがあり、まだ仕事がある彼女は東京から、私は木島平からそれぞれ現地で落ち合う手はずになっていました。

会場に着くと担当のスタッフが出迎えてくれる。先に式場入りして、ドレスの着付けとヘアメイクの打ち合わせをしていた彼女の控え室に通されます。

孫にも衣装、というと彼女に失礼でしょうか。彼女は普段はそんなにメイクやおしゃれに気合を入れない女性であり(この表現もむしろ失礼なのかもしれませんが)私としてもむしろその位に気の抜けた女性の方が付き合いやすく、本人には言っていませんがそこも彼女に惹かれた一因でもあります。

それが花嫁衣裳に身を包み、神々しいばかりの美のオーラを放っている彼女がそこに立っているのです。思わず見とれてしまいました。いよいよ所帯を持つことの喜びと、少しだけわきの下に汗がにじむような感覚に、彼女に気取られないように密かに背筋を伸ばしてしまいます。

その後、式場スタッフの方の計らいで当日の料理をフルコースで試食させていただき、充実した午後の時間をすごすことが出来ました。彼女も早朝六時から新幹線に乗り込んで軽井沢入りしているはずなのに、このときはまだまだ疲れも感じさせず元気なまま。その後木島平の実家に連れて行き、一泊して色々と式の準備を進める手はずになっていました。

木島平に着いたのは夜の九時過ぎ。軽井沢を出たのは4時過ぎなのですが帰りは鈍行を使ったためにどうしてもそのくらいの時間になってしまいます。

実はこの日、久しぶりに遊びに来る息子の嫁にサプライズを、と父親が企画していた事がありました。彼女と僕でペアを組んでワルツを躍らせて見よう、との事。

普段は何を考えているのか良くわからず、ムスッとしているのか実は機嫌が良いのか、馴れないと見分けるのが難しい父親なのですが、彼女が来る2~3日前辺りから、目に見えて浮き浮きしているのがわかりやすい位に良くわかる。そんな親父を見ていると私もついつい悪乗りして、彼女に内緒で事を進めて、当日びっくりさせてやろうと内心ほくそ笑んでいたりしたのでありました。たぶん男というのはいたずらを思いつくときは世代を超えて連帯するのでしょう。

けれども家に着いたのは九時過ぎ。遅めの食事を取って、軽井沢土産のケーキで母親と一席囲んでいるともう時間は10時を過ぎています。良い子は寝る時間。これは今からダンス講習会を開くには少し遅すぎる。さすがに今夜はお開きにして、明日にしようかな、そうストーブをはさんで向かいに座っている父親に目配せをしたその時です。

 

「じゃあそろそろ始めるか」

 

ちょっとお父さん。その目配せはそういう意味ではないのです。ここでもまた父と子の相克。ギリシア時代から語り継がれる家族の永遠のテーマが顔を出します。

きょとんとして此方に不安げな視線を投げかけてくる彼女を尻目に、一人黙々と机を端に寄せてスペースを作り出す親父さん。もうこうなると誰の意見も耳に入りません。さすが昭和男児、人がやらないことを平気でやってのける。そこ痺れない憧れない。

彼女にすまぬと内心で頭を下げながら、もうこうなったらやるしかありません。こうしてワルツ初挑戦は幕を開けたのであります。つづく