「私」が長野県木島平村にある実家兼、ダンスの宿「ちきちきばんばん」を継ぐことになってから、もうすぐ四回目の冬を迎えようとしています。。
十八で高校を出るまでを故郷のこの地で過ごし、それからおよそ十年間を高田馬場でミュージシャンを目指し活動していました。
そこから色んな経緯を経て両親の元で共に働く事になり、少しづつ色んな物を手渡されていく日々が始まっていきます。
気がつけば家業を切り盛りするのに必要な要素の大方を身に着けるようになりました。
営業、料理、施設の管理、雪国ならではの自然との向き合い方。そういうものは勿論重要です。ですがそれ以上に大きかったのは父親と日々を過ごし、仕事を通じて父親の今まで知らなかった面を知るようになったことでした。
それでも
一つだけまだ受け取れていない物が有る。それが時折心に引っかかる。肝心な部分で父親と通じきれない壁のような物がある気がしてならない。
ダンス。父親が青年時代にのめり込み、人生を掛けようとまで考えた社交ダンス。
競技選手としての道が断たれ一度はその世界から離れたはずが、結局こうして長野の片田舎でダンスの宿を終の住処としようとしている私の父親。
目の前にあったスキー場が時代の流れの中で閉鎖に追い込まれ、近隣のホテル郡が軒並み廃墟となっていく中でも私の家が生き残ったのもダンスがあったから。
専用のダンスホールを構え、一定の固定客を掴む事に成功していたからなのです。
もう両親に見守られながら仕事を続けられる時間もそう残ってはいません。だから、最後に父親からもっとも父親の生き様が刻まれた物を受け取らないといけないのです。
この冬、社交ダンスを初めます。それはこれから経営者としてこの宿を繁盛させていくためでもあり、父の足跡をたどり、自分のルーツを探る事にもつながる。
実はずっと興味はあったのですが、いかんせん女性が苦手が性なのです。
みしらぬ女性と
手をつなぎ
相手の内奥のリズムを感じ取り
零距離で視線の銃弾が交錯する、まるでガンカタのような世界。
想像しただけでも背中につめたい汗が流れ落ちるのです。かと言って母親と踊るのもなんだか気恥ずかしい・・・・
他人からマザコンの烙印を押される事だけは耐えられないのです。それなら紐をつけずにバンジージャンプすることを選びたいと思います。
さて、どうしたものか。まるで劣化ウランで出来た、近寄るだけで遺伝子が危険にさらされる壁に四方を囲まれたような気持ちでした。
が、めでたくこの秋とある女性と入籍する運びとなります。やった。これで問題は解決です。かくして
いよいよ社交ダンスの世界に生まれたての小鹿のような足取りで第一歩を踏み出してみるのであります。
果たして35歳の不道徳な肉体は、生まれ変わるのか?
黒曜石のような輝きを放つ肌の下に獰猛なホオジロザメの筋肉を備え、白いシャツはみぞおち辺りまではだけられている。
腰と背中のラインは万衆の目を釘付けにする。それはまるで立ち上る上質なワインの芳醇にして濃厚な香りが淑女の脳をとろめかすよう。
そんなスリルとセクシーさをかもし出す禁断の(フォビデゥン)ダンサーとなりボールルームを華麗に泳ぐシャチのような自分を妄想するのです。
。。。が、やっぱりどうしてそんなに甘い物ではなかった・・・・・