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さて、ワックスの話。ダンスの宿「ちきちきばんばん」が最大の売りとする都内最大級(所在地長野)のダンス練習施設。それを担うのは二つのメインホールになります。

一つは本館地下に併設されているメインダンスホール。もう一つは一キロくらい離れたうっそうたる森の中にある体育館、通称「森の体育館」(そのまんま)。これらを使用用途によって使い分けていくわけであります。繁忙期にあたる夏と春のそれぞれ学生が長期の休みに入るシーズン、本館ダンスホールは競技ダンス専用のワックスが床に張られ、競技ダンス専用のホールとなります。通常、ワックスは床材の保護と共に滑り止めの役割を果たします。が、競技ダンス用のワックス、通称「ピッチ」を床にばら撒き、 それが靴の摩擦熱で溶けてくるとある程度のすべりが出てきます。競技ダンスにおいてはこの絶妙な滑り加減が重要になってくるわけで。

当然、そうなると他の競技では使い物にならなくなってしまうわけであります。またこのワックス、いわば溶けた蝋を床にばら撒いているような物なので、衣服なんかに簡単についてしまいます。最近増えてきているのがヒップホップやら創作ダンス系の合宿。彼らが寝たり転がったりしていると、気がつくとひざやら背中やらに細かい蝋のくずがビッシリとこびり付いてしまう訳であります。

という訳で体育館は通常の体育館よう滑り止め配合のワックスを使用。それらのダンスに対応できるようにしているわけであります。

現在、夏の大学合宿シーズンに入る直前八月初頭に、100人規模の高校生のダンス部が合宿を張るようになりました。100人規模の合宿となると体育館だけではちょっと物足りなくなってしまいます。地下ホールを競技ダンス用のホールから一般使用に耐える物に換装しなければなりません。どうするか?競技ダンス用にばら撒かれ、床にこびりつき一面を覆っている例の「ピッチ」を撤去し、新たに通常のワックスを塗りなおすのですが、これが中々の大仕事になるわけで。

ワックス剥離剤、なる薬剤が普通にホームセンターで売られています。そんな物があるなんてこともこの仕事を始めるまではとんと知りませんでした。これを希釈、モップで床に塗布。10分ほどして古いワックスが溶解、浮かんできたところを別のモップで水拭き。これを延々120坪のホール前面にわたって繰り広げる。

そうやって無垢なる木材むき出しの床に、やっと通常のワックスを塗りつけることができるのです。これ、かなりの重労働で、例年は父親と二人でまる二日かかって剥離作業を行います。暑いさなかにもくもくとモップを振りかざしていると気がおかしくなりそう。作業が終了するまでにいったい何本のアイスとダイエットコーラを消費したのか、考えるだけでも恐ろしくなります。

と、そうやって無事に高校生の合宿を終えると間髪いれずに大学競技ダンスが始まります。この時は、入れ替えのわずかな間を縫ってまた剥離作業、そしてワックス塗布作業を突貫工事。この作業から開放されたらどれだけ楽になるだろうかとついつい考えてしまうのですが、こういう見えないところで万全な練習環境を用意するための努力が、今の経営基盤のしたささえに成っていることを考えると、決して手を抜けるところではないのです。

こういう部分に手を抜き始めると、宿は徐々に徐々に仕事に対するプライドと熱情が欠けていき、それに伴い例年顔を出してくれる学生達もなんとも言えない違和感から、徐々に足が遠のいていく。そういう状況につながっていくのだと考えます。神は細部に宿る。

普段はだらだら過ごし、食べることのほかは気が向いたときに館内に設置する謎の木工オブジェを匠の技を奮って作っては、納得いかずに軒下に投棄する毎日を送っている。そう思われている渡辺家の一族ですが、実はやることはやっているのです。そんな自己弁護のために長文をしたためさせていただきました。

 

追記 今年はさっちゃんが嫁いてきてくれて、新旧夫婦の四人でこの作業に取り掛かることができました。結果、ワックス剥離作業をおよそ半日で終わらせることができたのは驚きです。仕事効率で言ったら4倍以上の速度を記録しているのですがこれはいったい何たることでしょう。それだけ渡辺家男性人はポンコツ揃いということでしょうか。まったくもって女性には頭が上がりません。